【小説】ねこミミ☆ガンダム 第4話 その3ネコミミ家臣は女王にいった。「女王さま、シャーロット追討のための準備が整いました。これより地上を発ち、30分後には衛星軌道上にて艦隊と合流いたします」 執務机の女王はうなづいた。 「うむ」 突然、国王室のホットラインにつながる黒電話がなった。 ふたりは無言で電話機を見た。 家臣がおもむろにいった。 「時間はまだございます」 女王は受話器を取った。 「にゃににゃに? 私だ」 〈にゃににゃに?〉とは、日本語でいう〈もしもし?〉にあたる。 受話器の向こうの声はいった。 「私です……」 女王は声をあげた。 「私ではわからん! 名を名乗れ!!」 「山本英代です……」 女王は思わず鼻を噴いた。 家臣の差し出すハンカチで鼻を拭いてから女王はいった。 「なぜ貴様が国王室ホットラインの番号を知っている!?」 受話器の英代はいった。 「均のスマホに、いつの間にか知らない番号が入ってたって。教えてもらいました。均、そっちにいるんでしょ。かわってよ」 「ポチなどおらん!!」 ――ガチャッ!! 女王は電話をきった。 と、再び電話がなった。 静寂の中で鳴りつづける電話のベル。それに耐えられるような空気は国王室になかった。 女王は受話器を取った。 「……にゃににゃに?」 「ポチ……じゃない、均が昼ごはんまでに帰ってこないって、均のお母さんが発狂してんのよ!!」 英代は大声でまくし立てた。「どうせまたあんたが連れてったんでしょ! はやく返しなさいっ! なぜか、私が怒られるんだから!!」 女王は受話器から顔をはなしていった。 「ポ、ポチはここにはおらん……! 貴様はおとなしく待っておれ! 私が直々に連れ戻してやろうというのだ!!」 「なんか事情がありそうだけど……。どうせ、またあんたのせいでしょ」 「うるさいっ! 貴様にかまっていられるか! 切るぞ!!」 「電話じゃなんだから、今から会って話しましょう」 「バカめ! 私は今から宇宙に出るのだ!!」 「もう目の前にいます」 「なに!?」 「……女王さま」 家臣が窓の外を見るようにうながした。 首相兼国王官邸の前には、白い巨人――マシンドールのシロネコが、ケータイを耳にあてた少女のようなポーズで立っていた。 「くっ……! 警備は何をしているのだ!!」 家臣はいった。「このまま船を出せば、こちらが捕獲される可能性があります」 「艦隊との合流に間に合わんぞ!!」 「策がございます」 動揺のない家臣を女王は急かした。「言え!!」 「山本英代に協力を仰ぐのです」 「なにっ!?」 おどろく女王にかまわず、家臣はつづけた。 「我らの目的は、シャーロットからポチさまを取り返すこと。それは山本英代も同じです。ならば、今は争うべきではありません。シャーロットは不思議な力を持っております。むしろ、シロネコを戦力に引き込めば奪還作戦の成功は確かなものになります」 「し、しかし……」 「共闘を申し出ても、我らに失うものはありません。むしろ、作戦行動中に山本英代を出し抜くチャンスがあるやも……」 「うむ……!」 シロネコの巨大な顔が国王室の窓に触れるほど近づいた。 受話器ではない、スピーカーごしの英代の声がビリビリとひびいた。 「ふたりでなに話してんの?」 「我々はポチを取り返しに宇宙へ行く! 貴様も来い!!」 「へ?」 見えないケータイを耳に当てたシロネコが女王らを見返した。 首相兼国王官邸の前の広い道路が封鎖された。 空が暗くなった。女王の真っ白な宇宙船が降りてきた。 シロネコはスラスターを噴かせて浮かび上がる。開いたハッチから宇宙船に乗り込んだ。 英代は艦橋に招かれた。 広い艦橋を取り囲むように、ネコミミ族のクルーが熱心に仕事をしている。 一段高い中央の指揮席に座る女王が立ち上がり、こちらを振り向いた。 女王と家臣は、ゆっくりと英代に近づいた。 「よく来てくれたな、山本英代。過去のわだかまりを乗り越え、今はポチ救出のために力を合わせようぞ……」 何か気持ち悪い気もしたが、英代はきいた。 「均がさらわれたって?」 「そうだ。ポチをさらったのはシャーロット――通称シャロという元軍人の賞金稼ぎだ。これより船は地上を発ち、衛星軌道上でシャロ追撃のための艦隊と合流する」 「裏で、あんたが関わってるんじゃないの?」 突然、女王は大声をあげた。 「アホッ!!」 「アホッ!?」 ――ふたりはしばし見つめ合った。 「さらったのは私ではない……」 「それはわかるけど……」 「船が出る。話はおいおいしようではないか」 船が動き出した。地上がはなれていった。 女王は、 「お前とこうして落ち着いて話し合うのは久しぶり――いや、初めてのことだったかな? まあ、今は、その特別席でくつろいでいてくれ」 と、指揮席のとなりを指した。 そこには、ひざほどの高さの台に4畳ほどのたたみがひかれていた。 英代はいった。 「普通の席でよかったけど……」 「日本人といえば、たたみだろう。さあ、お茶も用意させている」 「まあ、いいけど……」 英代は、靴を脱いでたたみに上がり、正座した。 ――プフッ……ククッ……! 艦橋にいるだれかが息を噴き出したような音がした。 「ねえ、今……」 女王はいった。「おっ、お茶がはいったようだな。お茶うけはヨーカンでよかったかな?」 たたみの上に、緑茶と皿にのった、ようかんが置かれた。ようかんは切られておらず、長方形のかたまりが1本そのままだった。 「変なもの入ってないでしょうね……。縫い針とか」 英代は、ようかんの角をフォークで慎重に削り取り、口に入れた。普通のようかんだった。 お茶は高価な茶葉のようだ。口にふくむと緑茶の香りが口いっぱいに広がり、苦味と甘みがあとからあとからやってくる。 「ウン、オイシィ」 となりの席で女王がつぶやいた。 「貴様と共闘するときがこようとはな……」 「均を助けたら、すぐに帰らせてもらうから。均のお母さんがブチギレてて……」 「私のせいではないぞ。よく言っておけよ」 「均のお母さんにとって、ネコミミはみんな同じなのよ」 「シャロは自らの住む星を発ち、周辺宙域を低速で航行している。何を考えているのかは知らんが、追いつくのは容易だ」 話している間に船は空を抜け、大気圏外に達していた。 シャロと均を乗せた船が空にのぼっていった。 3人の幼い妹らは船を見送ったあとも空を見上げていた。 下の妹がつぶやいた。 「お兄ちゃん、もう来ないのかなあ……」 真ん中の妹がたしなめるようにいった。 「あの人は本当のお兄ちゃんじゃないの。わかってる?」 次女が後ろから近づいて、下の妹の背中を抱いた。 次女はやさしくいった。 「あのお兄ちゃんがまたすぐに来るって言ったでしょう?」 「うん」 「なら、またすぐに会えるね」 4人の姉妹は雲のない空を見上げつづけた。 地平線の端からは再び嵐の雲が近づいていた。 動かない宇宙の景色を眺めていると、しきりに昔のことを思い出す。 シャロは、弟が家を離れた日のことを思い出していた。 弟は王国の使者に手を引かれながら、最後に振り返ってシャロを見た。 事前に家族とは、弟のことは国に任せることが最善である、と話し合っていた。だから、シャロは、不安げな顔を向ける幼い弟に、つとめて明るく笑ってみせた。 弟は寂しげに見返した。 その表情が今、シャロの脳裏に何度も浮かんでは消えていた。 船を自動運転にしていたシャロは、宇宙に出てからはじめて操縦桿をにぎった。 「来たな」 シャロの指さすモニターの映像が拡大される。と、真っ白な宇宙船を中心とした船団があった。 均はきいた。 「シャロ。女王から逃げられるの?」 「話してみるのさ。平和的にね。そして、均の自由を認めさせるんだ」 「女王がゆるしてくれるかな……」 「その時は抵抗するまでだ」 シャロはマイクを取るといった。 「女王、聞こえますか。シャーロットです」 女王の船では艦橋のオペレーターが声をあげた。 「通信、つながりました!!」 家臣は即座にこたえた。「音声だけイヤホンを通せ!!」 女王と家臣がイヤホンを耳に入れた。 英代には音声が聞こえない。天井付近のモニターの映像しかわからなかった。 「女王、聞こえますか?」 イヤホンを通して女王にシャロの声が伝わった。「あなたのお目当ての並木均くんは私が大切に保護しております。ご心配にはおよびません」 「シャロ……! 何が目的だ!?」 「簡単なことです。均の自由を保証していただきたい」 「自由!?」 「行きたいところに行けて、言いたいことを言う。あなたの無茶な注文を断る自由。ただ、それだけです」 女王はゆっくりと言葉を返した。 「それを決める権利がシャロ、お前にあると思うか……?」 「私は、これまであなたの命令であれば、どんなことでも従順に遂行してきたつもりです――」 シャロは遠くを見る目をしたあと、決意を込めたようにいった。「そんな私にも聞けないことがあるのです」 「……」 女王が黙っていると家臣が小声で耳打ちした。 「言い分を聞く必要はありません。ポチさまは女王さまの婚約者。ことは王国の行く末にも関わる大事であります。シャロに指図されるいわれなどないこと」 女王はいった。「要求は聞けん。だが、あらためて、落ち着いたところで、お互いのために話し合おうではないか」 「ならば、交渉は決裂です。これは私だけの意志ではなく、均の意志でもあります」 「シャロ! 待てっ!!」 「逃げるなと言うなら、これ以上、追わないでいただきたい」 シャロは通信を切った。 「くそっ……!!」 オペレーターが声をあげた。「相手の船、加速しています!」 女王はいった。「こちらも速度を上げろ!!」 「やっていますが……! 離されています!!」 「シャロめ! 私の艦隊を振り切るつもりか!!」 家臣がいった。「やつの船、これほどの性能とは驚きです」 「おのれっ……!」 「女王さま、あやつは始めから乱心しているのです。でなければ、ネコミミ王国に楯突くなど考えられぬこと。ご決断を」 「う、うむ……」 「ねえ」 声が聞こえず、蚊帳の外におかれていた英代が口を開いた。「よくわからないけど、ただ単にあなた嫌われているだけなんじゃ……」 女王は声をあげた。 「バカッ!!」 「バカッ!?」 「だまってろ!!」 女王は爪を噛みながらつぶやいた。「私とポチは運命の糸でつながれているのだ……」 モニターには、宇宙にぽつんと浮かぶシャロの船が映っていた。 女王は苦々しそうにいった。 「マシンドール隊を出すしかない……!」 「女王さま……」 家臣が視線をうながした。視線の先には、畳の特別席で足を伸ばす英代がいた。 「よい判断だ。マルティナ……」 「山本英代。貴様に頼みがある――」 女王は思いもよらないことをいった。 英代は兵士にともなわれ、十体ほどのマシンドールがならぶデッキにやってきた。艦橋とはちがい重力が軽い。体がおもちゃのように浮きあがった。 デッキには数体のマシンドールが整然とならび、シロネコはその先頭にいた。 英代はシロネコに乗り込み、渡されたパイロットスーツに着替えた。 白いパイロットスーツはぴっちりとしてなかなかにセクシーだ。が、腰のあたりがやたらと苦しい。太ももがぱっつんぱっつんで張り裂けそうだ。張り裂けたら宇宙服としての機能を果たさないはずだが、どうなっているのか。 英代はミミ付きのヘルメットをかぶると艦橋に通信をつなげた。 空間モニターに女王があらわれた。 女王は慌ただしくまわりに指示を出していた。 「マシンドール用の光学迷彩マントをつけてやれ! 簡易のトミノスキー粒子発生装置もだ!!」 格納庫の天井からクレーンのアームのようなものが伸び、巨大なシロネコにさらに大きな灰色のマントを着せた。粒子発生装置は、シロネコの腰のあたりにつけられた。 女王が英代に向き直っていった。 「シロネコの性能であればスーツはいらんかもしれんが、一応だ」 英代はこたえた。 「やけに親切な……。何か裏があるんじゃないでしょうね?」 「シャロは元軍人、それほどの相手ということだ。覚悟はよいな」 「だから、私とシロネコが行くんでしょ。宇宙ははじめてだけど任せなさい!」 英代は胸を張った。ウエストが苦しい。 「作戦は先ほど述べた通りだ。我が艦隊はシャロの船を追っているが距離を開かれている。お前にはシャロを足止めしてもらう。お前とシロネコは、この艦から撃ち出されたら、さらに加速し、シャロの船に取り付くのだ」 「ちょっと聞きたいんだけど……」 「なんだ! 時間がない!!」 焦ったようすの女王に、英代はきいた。 「この船って、ものすごいスピードで動いてるんでしょ? もし、まったく違う、あさっての方向にでも撃ち出されたりしたら、どうなるの?」 「少々の方向のズレなど、どうにでもなる。シロネコの推力をもってすれば追いつくのは容易だ」 モニターに家臣があらわれていった。 「仮にまったく違う方向に撃ち出された場合、そこらのデブリとともに命の限り、宇宙をさまよう可能性もあるにはあります」 「聞いてないんだけど……」 女王は動じずにいった。 「心配はいらん。私の腕を信じるのだ」 モニターの女王は、上から下がる双眼鏡のような大きなゴーグルを目に当て、操縦桿のようなレバーを両手でにぎった。 英代はきいた。 「……何やってんの?」 「黙っていろ! 今、狙いをつけている……!!」 「ちょっと! なんであんたがやってんの!? そういうの専門でやる人がいるんでしょ!?」 女王はゴーグルをはずして言い返した。 「たわけが! だれがやろうが同じこと! それに、この艦で私を信じなければ、だれを信じるというのだ!!」 「そ、そりゃ、そうだけど……」 「女王さま……」 「うむ……」 家臣が女王に何かを耳打ちすると女王はうなずいた。 英代は声をあげた。「内緒話はやめて! 怖いから!!」 「うるさい! もう行くぞ!!」 女王はレバーをにぎり直すといった。「シロネコ、発っし……はっ……はっ……ハックションッ!!」 女王はくしゃみをしてレバーを押し倒した。 「うわぁあっ!!」 全身に強い荷重がかかる。英代のシロネコは艦から撃ち出された。 女王は艦橋で鼻をすすった。 「最近、朝晩は冷えるからな……」 家臣はこたえた。 「侍従長に言って、布団を秋用にかえさせましょう」 英代のシロネコは猛烈な勢いでシャロの船に迫った。 「方向が違う!!」 シロネコはスラスターを噴かせて方向を変え、船を追った。 やがて、赤い船の背にシロネコは取りついた。 シロネコは進行方向とは逆にスラスターを噴かせ、船を減速させた。 「なんだ!」異音と衝撃にシャロは声をあげた。 モニターを操ると船の後背部に白い影が見える。 「敵のマシンドール! しかし、1機で……、いや、後続があるのか!!」 シャロは立ち上がり、通路に向かった。「排除してやる!!」 均はモニターを見て声をあげた。 「シロネコ!?」 モニターには見なれた白い姿が映っている。 均はシャロの手をとって引きとめた。 「シャロ! いいんだ! 英代が来てくれた! もう逃げなくていいんだよ!!」 シャロはいった。 「何を言ってる……。あいつは女王の――」 「違うんだよ! あいつは俺の友達で……! とにかく、もう逃げなくていいんだ!!」 「友達なわけがあるか!!」 「そうじゃなくて……! とにかく……!!」 「駄目だッ!!」 シャロは大声を発した。 「シャロ……?」 「やっと家族で暮らせるようになったのにっ……! 私は、もう2度と、だれかにお前を渡したりはしない!!」 シャロはうつむいて全身を小刻みに震わせた。瞳からは大きな涙がこぼれ落ちそうだった。 シャロはつぶやいた。「やっと帰れたんだ。やっと、またみんなで一緒に……」 均は、シャロの妹がいっていたことを思い出していた。 シャロは弟が生きていると思い込んでいる。 《シャロ、俺のことを弟だと……?》 均はいった。 「わ、わかった……。俺はもうどこにも行かない。ずっとみんなといる! だから、俺も一緒にマシンドールに乗せてくれ!!」 シャロはおどろいていった。 「何を言っている! 危険だ! お前はここで待っていろ!!」 「みんな、ずっと一緒だって言ったろ! なら、俺も戦わせてくれよ!!」 シャロはしばらく黙ってからいった。 「……わかった! ついてこい!!」 通路の奥へ走り出すシャロを均は追った。 シロネコがしがみついた船の後背部が上に開いていった。 中は格納庫になっており、赤色のマシンドールが寝かされている。 シャロの赤いマシンドール〈ニャニャビー〉は、上体を起こすと宇宙におどり出た。 英代はいった。 「こいつを抑えればいいってのね」 女王の声で通信が入った。 「シロネコは、もとは私の専用機。できないとは言わせない」 「言ってないでしょ!」 英代はニャニャビーに向かっていった。 「さあ、観念して均を返しなさい!!」 シャロは、ニャニャビーのコックピットで補助席に座る均にいった。 「姉ちゃんが守ってやる! 心配するな!!」 「う、うん!!」 こたえたものの均は祈るように思った。 《英代、頼む。シャロの悪い夢を終わらせてやってくれ……》 英代のシロネコは宇宙空間を突き進み、ニャニャビーに掴みかかった。 「んっ!?」 たしかに掴んだはずだが、感触がない。そればかりか、ニャニャビーがいるはずのところをシロネコはなんの抵抗もなく通り抜けていた。 「わっ!!」 ふいに、背中から衝撃があり、コックピットが大きく揺れた。通り抜けたニャニャビーに背後から蹴られたのだ。 英代はシロネコの態勢を立て直した。 「これぐらい!!」 シロネコの強化装甲であれば、この程度の攻撃は傷がつくぐらいだ。 シロネコは再びニャニャビーに飛びかかった。 「えっ……!!」 ニャニャビーの頭や肩を何度掴もうとしても、やはりその手応えがない。シロネコは幻影のニャニャビーをくぐり抜けてあたりを見回した。やはり、背後にしかニャニャビーの姿はない。 戸惑っている間に、また背中に打撃を受けた。 「くっ……! なんなのこいつ……」 見るとニャニャビーはさっきとはまったくちがうところに、仁王立ちをするように浮かんでいる。いや、それさえ、まぼろしなのかもしれない。まるで幽霊だ。 英代は、はじめて寒気をおぼえた。 ニャニャビーの蹴りを受けてよろめくシロネコを見て、均は思わず声をあげた。 「ひ、英代……!!」 「どうした?」シャロはきいた。 「い、いや、なんでもない……! がんばって!!」 「もちろんだ!!」 均は、英代のシロネコを見守るしかなかった。 女王と家臣は、艦橋のモニターで戦いのようすを見ていた。 苦戦するシロネコに家臣は目を見張った。 「シロネコが何もないところに飛び出したように見えました。これもシャロの能力……。いったい、何なのでしょう、あの力は?」 女王はこたえた。 「知らぬのも無理はない。シャロの能力を特定機密として、外部にもれることを禁じたのは私だ」 「やはり、ご存知でしたか……」 言葉を待つ家臣に女王はいった。 「シャロは、ある種のニャータイプ能力者だ」 「ニャータイプ! そのようなもの、伝説上の存在でしかないと思っておりました……」 「シャロの能力は、対象のひとりの認識を操作する。つまり、相手は、あるものがないように、ないものがあるように見え、そう感じる」 「なんという……」 「この能力を使ったシャロが1対1の戦いで負けたところを私は見たことがない。その強さゆえ、やつの能力は秘中の秘とした」 宇宙空間で向かい合う白と赤のマシンドール。その戦いを見ながら女王はつづけた。 「裁判になったあの事件も、シャロの能力が原因であったと私は判断した――」 「シャロが、軍の作戦行動中に敵の斥候部隊と遭遇し、敵ばかりか僚機まで撃ち倒して帰還した――あの事件。はじめのころは、敵に囲まれながら、なお生還した英雄として話題になりましたが……。戦闘記録から僚機を撃ったことがわかると大変な非難がおきました」 「通信記録によると敵に遭遇する直前、シャロと僚機パイロットが言い争うような会話があったな」 「はい。検察はシャロがなんらかの感情のもつれから、僚機を撃ったと判断しました」 「だが、敵と遭遇した際、僚機がシャロ機に銃を向けたという行動記録が残っていた」 女王の話に家臣はおどろいた。 「なんと! そのようなこと裁判記録にはありませんでした……」 「私がふせさせた。おそらく、シャロは敵と遭遇した際、動揺し、能力を暴走させたのだろう」 「僚機がシャロを敵であると間違って認識した――と? なら、シャロの能力のせいとはいえ、正当防衛と言うしかない……」 女王は遠くを見るように目を細めた。 「今思えば、家族を亡くし、精神的に不安定であったシャロに軍での行動をさせていた私の落ち度だ」 「しかし、それほどの能力であるなら、山本英代はシャロにかなわないのでは?」 「シャロの船は、すでに別の部隊で包囲させている。シャロの力は、複数の相手には効きにくい」 「なるほど。ならば、山本英代が負けても……。いや、むしろ、我らが手を下さずに山本英代を葬り去るチャンス……!」 女王はシートに深く座り直した。頬づえをしながらモニターに映る英代とシャロの戦いを眺めた。 「戦いとは非情なものよ……」 「さすがは女王さまです。深謀のほどおみそれいたしました」 家臣は深く頭を下げた。 英代は宇宙空間に浮かぶニャニャビーを見すえた。 「こっちのほうが早いはずなのに……。どうして捕まえられないの……!」 見えているニャニャビーに実体があるのか。ヘルメットの中で汗が流れた。 「お前もここまできた戦士なら教えてやる」 ふいに音声だけの通信がはいった。声はシャロにちがいない。 「だれしも行動を決める原則となる認識に間違いを起こすことがある。私の前ではそれが顕著になるだけだ」 「認識を間違う……? なら、私の見ているものが間違ってるってこと?」 シャロはこたえなかった。 「行動予測センサーにも反応がない。あっても見えてないってこと? うぅ、わからない!」 「降参するつもりがないなら、こちらから行くぞ……!」 ニャニャビーがかまえた。 「見えているものが間違っているっていうなら……」 英代は見えているニャニャビーを無視して、何もない空間にシロネコの鋭い突きを放った。 「えいっ! やあっ!」 次いで蹴りを浴びせる。 シロネコは宇宙空間で空手の演舞のような動きをした。 シャロは静かにいった。 「ムダだ。この広い空間で、そんな攻撃が偶然でも当たるわけがない」 「やあっ! とおっ!」 英代のシロネコは空手の演舞をつづけた。 「すぐに決着をつけてやる……!」 シャロは鋭い目つきでシロネコを見すえた。 均は声をもらした。「英代っ……!!」 ニャニャビーは、シロネコの背後にまわった。すばやく迫り、シロネコの背中に向けて蹴りを放とうとした、その時―― 「勘キック!!」 英代の声とともにシロネコが振り向きざまに回し蹴りを放った。 ニャニャビーのコックピットを激しい衝撃がおそった。 「うぐぅっ!」「うわあぁっ!」 シロネコの鋭い蹴りがニャニャビーを弾き飛ばしていた。 ニャニャビーの実体がはじめて英代にも見えた。 シャロは思わず声をあげた。 「なぜわかる!?」 英代はいった。 「あなたはとても慎重な戦いかたをする。だから、とどめを刺すにしても背後から来ると思いました」 「バカなっ……! ならっ……!!」 ニャニャビーが消えた。と、百体をゆうに超えるニャニャビーが、シロネコを上下左右、取り囲むようにあらわれた。まわりの星々が一瞬でニャニャビーに変じたかのようだ。 シャロはいった。 「私たち家族を引き離そうとするものは、だれであっても、もう許さないっ!!」 360度を囲むニャニャビーがすばやくシロネコに迫った。 「この認識が間違っているというなら……」 英代は目を閉じた。 シャロは叫んだ。「夢の中で死ねっ!!」 百体をゆうに超えるニャニャビーの攻撃が1点に収束する。シロネコを狙った。 英代は目を開いて声をあげた。 「勘パンチ!!」 シロネコは全身の回転がのった突きを正面に打った。 たしかな衝撃があった。 まわりを取り囲んでいたニャニャビーが瞬時に消えた。代わりに1体のニャニャビーがシロネコの拳の先で頭部を吹き飛ばされていた。 「な、なぜっ!?」 動転するシャロに英代はいった。 「あなたは自分の力に自信を持っている。だから、決着をつけるなら真正面から来ると思いました」 「バ、バカなっ……!!」 シャロはうつろな目つきでよろめいた。 均はシャロの肩を支えていった。 「シャロ! もういいんだ! あいつは友だちなんだよ! 俺を助けに来てくれたんだ!!」 「なにを……」 「英代! 俺だ! もういい!!」 英代はおどろいていった。「均!? なんでそんなところに!!」 「うぅっ……!!」 シャロは苦しげに頭を押さえた。次いで、糸が切れたようにシートに体あずけ、そのまま気を失った。 艦橋で戦いを見ていた女王は立ち上がっていった。 「さらに腕を上げたな。山本英代……!」 女王の固く握った拳が震えた。 家臣がいった。「シャロ機、回収します。シロネコも……」 「今回、我々は失うものがなかった。これで良しとしよう。シャロには約束どおりの報酬を払ってやれ」 「よろしいので?」 「私の依頼は、ひと言でもポチと言葉を交わせるようになること。目的は達せられよう」 女王の艦隊から出たマシンドール部隊がシャロの船を何重にも取り囲んでいた。 シャロは夢を見ていた。 夢の中では、いつでも弟と話ができる。 話題はいつものように昔の思い出から、これまでのこと。やけに長く感じる今日のできごとはぜひ言わなければ。そして、これからのこと。 話はいつも決まったところで終わる。 家に帰ろう。今や親代わりとなったシャロを妹たちが待っている。 でも、今日はいつもより長く話ができてうれしかった。 シャロがいうと弟は、はにかむように微笑んだ。 そのあと均たちは、こんこんと眠りつづけるシャロを、妹たちのもとへと送り届けた。軍医の説明でシャロが過労で寝ているだけであると知ると、妹たちは安心してくれた。 母親の機嫌が心配だった均は、すぐに家に帰らせてもらった。おかげで、こちらは事なきを得た。 その一週間後。 街にきた均は、頼まれた買い物をすませ、家に帰るため駅に向かっていた。 休日の昼前。 街は、太陽に明るく照らされはじめていた。 大波のようにゆっくりと動く人混みの中で、ただひとりじっとして、こちらを見ているものがいる。 シャロだ。 均はシャロに近づいていった。 「シャロ! 来てたんだ。もう体調はいいの?」 「均……。今日は君に謝りたくって来たんだ」 「え?」 人々が行き交う道の中でふたりは向き合った。 シャロはいった。 「すまなかった。結果的に、君をめんどうに巻き込んでしまって……」 「そんなこと……。いいんだよ」 「恥ずかしいところも見せてしまった……」照れるようにいうシャロ。 「いいんだ。シャロのおかげで俺は助かった。シャロは一生懸命、守ってくれたね。妹さんたちとも友だちになれた」 「あぁ、そうだ!」 シャロは上着のポケットに指を入れ、写真を取り出した。「見つかったんだ、弟の写真。うりふたつの君に見てもらいたくってね。ほら、本当にそっくりだろう――」 写真を見せながら、ひどく懐かしそうにシャロは目を細めた。 均はシャロの弟の写真を見た。 少年というわりに老けている。張り裂けそうなほど、ふくらんだほほ。黒縁メガネ。ニキビだらけの顔。秋葉原でアイドルやアニメのグッズを熱心に買い集めていそうな、そんなタイプだった。 シャロはうれしそうにいった。 「な、そっくりだろう?」 「いや――」 均は、そういうだけで精一杯だった。 あとからネコミミ先生にきいたところによると、ネコミミ族の女性は男性を見なれてないため、どの顔も同じに見えるのだという。 均は、そのあともたまにシャロの星へ遊びに行っている。幼い妹さんたちの遊び相手をしているという。 この1ヶ月後、人気ロックバンド、KEY’Zのメンバーの年齢詐称が発覚し、世界的な大問題に発展する。――が、それはまた別の話だ。 |